「銀河鉄道の夜」などの童話、「雨ニモマケズ」などの詩で名高い宮澤賢治は、山歩きの達人にして自然を深く愛するナチュラリストでした。小学生の頃からあちこちの山や丘、森を踏破【とうは】しており、その颯爽たる健脚ぶりは〈英雄であった〉と学友たちが伝えています。岩手山や早池峰など多くの山に馴染み、そこでは渓流を遡行し、松明【たいまつ】を手に山頂を目ざし、また、松の木の下で野宿をくり返していました。賢治の童話や詩の多くは、そうした体験から生みだされます。本書は宮澤賢治の書き残したもののなかから、山に親しみ、自然に対する豊かな感受性を育【はぐく】んだことで生まれた作品を、不思議で面白いエピソードをふんだんに伝えながら紹介していきます。
賢治が山旅をくり返していた時代の日本は、近代登山の黎明【れいめい】期でした。欧米からアルピニズムの考えが導入され、初期の近代登山者が登場しますが、彼らはジャーナリズムの発達に合わせて山行を題材にした紀行文を書き残しています。本書では解説文やコラム中に、賢治と同時代に「山の人生」を送った初期登山者についても、多く筆を割くようにしました。かれらの紀行文のうちで佳品を選び、そのなかの印象的な文章を紹介するとともに、人物像にも短く触れています。
本体2.400円+税
箱入りフランス装、豪華本
装幀 芦澤泰偉